「テレビの、これから」感想
とても楽しく観ることが出来ました。いい番組でした。
いつもの「日本の、これから」は、最後まで観てられなかったりしてたんですけどね。
意見が収束せず、中途半端な意見が飛び交うだけの場を観る意味が理解できなくて。
いつもすぐにグダグダになってしまって、frustrationが溜まって仕方なかった。
今回の番組は、意見を言う立場の人を完全に分けたのが功を奏していたと思います。
片側に「内側」にいるprofessionalな人たちを。
もう片側には、「外側」にいる素人の人たちを。
もっとも、「外側」には「素人」とは呼べない人たちもいましたけどね。
この二つを分けて展開したことで、送受のbalanceが綺麗に成立していたと思います。
番組として提起したいものも、観ていて分かり易かったのも大きいかな。
実は、この番組のdirectorさんからmailを頂いてました。
出演をお願いするかもしれません、という。
電話でお話しして、実際にお会いして話もしました。
残念ながら、出演には至らなかったのですけれど。
出演者の面々を観てたら、あー、出てみたかったなー、なんて思ったりして(笑)。
で、お話の中で幾つか質問をされました。
その中に、「これからのTVに何を期待しますか?」という問いがありました。
番組中でも、最後に出てきた問いです。
その問いに、こう答えました。
「『総合芸術』であって欲しいです」
『総合芸術』といっても、じゃあ総合って何よ、となると思います。
絵画や音楽、文学に映画、演劇に舞踊、それ以外にも様々な分野の「芸術」があります。
それらを網羅し、かつ、それらの範疇からは外れてしまうような分野。
そういったものすべてを網羅するような、隙間を繋ぎ合わせたような「芸術」。
TVには、そういった部分を担っていて欲しいな、と答えました。
ネットとTVは、とても良く似ています。
言わば、同じものの表と裏、とすら言えると思っています。
さっきの段落で挙げたような、「隙間」を担えるmediaだと思うのです。
ただ、同じ分野に位置していても、その中身はまるっきり違います。
言ってみれば、「個」としてのネットと、「群」としてのTV。
TVには「TV」でなければ不可能なことがあります。
同様に、ネットには「ネット」でなければ不可能なことがあります。
二つは敵対するべきものではなく、相補的な関係であるべきものだと思うのです。
番組中でも夏野氏が同じようなことを言っていました。
番組を観ていて、なるほどと唸ったのが糸井氏の発言でした。
「人は同じ時間に同じ体験がしたい」的な発言。
これは、いまのネットでは実現し得ない部分だなあと。
むしろ、現在のようなTVの体制であるこそ実現できる部分だなあと。
夏野氏が反論をしていましたが、おそらくscaleが全然違っていたように思います。
「どこかの誰かが同じ番組を一緒に観ている」ということが重要だと思うのです。
視聴者の多種多様な嗜好に応じてchannel数を増やすのは、たぶんTVにとって自殺行為。
ネットという代替手段が出てきたのだから、役割を分担していけば良いだけのこと。
同じ分野の違う側面であるネットを、もっと利用していって欲しいです。
例えばこういう番組を流したら、その反応をblog等から拾い集め、整理する。
そしてその整理した情報を題材に、次の番組を作成する。
これを繰り返すことによって、議論はより洗練されていくのではないかと思うのです。
それは「双方向性」という考え方ではなく、"Call & Response"的な考えです。
双方向性は、お互いが同じ位置に立っているからこそ成立するものだと思います。
そうではなく、あくまでTVは上位に位置していて欲しいと思います。
TVから投げかけられた問いにネットが答え、その答を収拾して次の番組に繋げる。
そういう、正のspiralを産み出すような構造。
それが、「これからのTV」には求められているのではないかな、と思います。
同じ分野の違う側面であるネットを、もっと利用していって欲しいのです。
もちろん、そういう番組は、番組の中でもほんの一握りで充分です。
Varietyやdocumentary、dramaといった番組は、閉じたままでいるべきと思います。
最後に鶴間氏が言っていたように、TVには「先」にいて欲しいのです。
TVには、TVにしか出来ない部分を、もっと突き詰めていって欲しいなと思います。
※追記
一日経って、改めて思い付いたことを。
多くの視聴者は、TVそのものにはあまり不満はないのです。たぶん。
勿論、内容が似たようなものばかりだったり、質が落ちてるという問題はあると思います。
けれど、その事に不満を持っている人は、きっとそれほど多くない。
さらに言えば、その不満はあくまで個人の価値観に基づくものです。
TVがmass mediaである以上、大衆に迎合しがちになってしまうのは仕方ない事だったりします。
それこそ、そういう特化したようなcontentsは、ネットに任せれば良いだけのことだったり。
ネット側から盛り上がってきたcontentsを、TVは絶対に放っておかないですし。
そういう意味では、これからのTVは視聴者の意識次第なのだと思います。
結局、TVは大衆が求めている通りのことをやっている、というだけの事なんですから。
不満が顕在化してきているのは、"News"という分野に集中しているのかも。
ネットで眺めている限りでは、そんな感覚を受けます。
だから、次は「ニュースの、これから」をやったらいいんじゃないかな。
或いは、「ジャーナリズムの、これから」でもいいかな。
NHKおよび民放各社のnews担当と、五大紙の社会部デスクなりを集めて。
次にやるとしたら半年後くらいですかね?期待してますよ!
あと、書き忘れてたことを箇条書きで。
・いままでが異常なだけで、ようやくまともになってきてるだけという糸井氏の意見はその通り。
・単に、他に代替手段が無かっただけ。ネットが登場したら、そっちに一定数流れるのは当然。
・ただ、それも過渡期が終わればある程度の棲み分けに落ち着くし、殆どは共存するでしょ。
・TVとネットはゼロサムにはなり得ない。当たり前のことだけど。
・夏野氏は、「前しか見えてない」んだなーと思った。ポジショントークなだけかも知れんけど。
・自分もTVを録画しない人種なので、time shiftとかplace shiftは価値がよく分からない。
・ネット配信の番組は、すでに「TV」とは別のものだと感じる。
・「テレビ回転寿司論」は、TVの本質を見事に言い表した名言だと思う。
・一番の問題は「ワイドショー」の存在だと思う。あれ、いい加減なんとかならないんですかね。
・TVが視聴者に媚びすぎというのは本当にその通り。
今後の課題は、とにかく「お金をどうやって集めるか」に尽きますね。
これはTVだけの問題じゃなく、あらゆる分野に共通する課題。
ネットに広告が集まってきてるという意見もあるけど、たぶん過渡期なだけだと思うなあ。
そりゃ代理店としたら、可能性がある分野に手を出してみるのは当然だし。
TVがネットを活用し始めたら、広告は元の鞘に戻っていくと思う。集客率が段違いだし。