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隠れた電波資源「ホワイトスペース」めぐり米で争奪戦

これですよねー。

隠れた電波資源「ホワイトスペース」めぐり米で争奪戦�インターネット-小池良次の米国事情:IT-PLUS

動的に周波数を切り替えて、空いている場所を有効活用する。

その技術が確立できれば、一気に無線化が進むんだけど。

Antennaの共有とかも出来るようになるんじゃないのかな。

指向性の動的自動切替なんかも、近い将来実現化されるだろうし。

もちろん、物理的なantenna駆動とかじゃない形でね。

電磁波、というか周波数というのは、「限りある資源」なのです。

その事への認知が、比較的されていない事が問題なんだと思います。

土地と同じくらい、極めて重要で深刻な問題なのですけれどね。

目には見えないのと、利用する領域の特殊性が、その原因なんでしょうけど。

ITが発達して行くにつれ、周波数は土地と同じような価値を得ることになります。

それどころか、ITが果たす役割を考えれば、土地以上の価値を与えられてもおかしくない。

しかも土地と比べ、無線の分野には技術的に解決出来る部分が多分にある。

建築の高層化で有効活用するのが土地だとすれば、無線も同じ事が多重化で出来る。

しかも、圧縮とか拡散、仮想化なんていうことだって出来ちゃう。

細切れの土地を仮想的に統合して、大きな施設を建てるなんてのは現実には出来ません。

けど無線の領域では、それと同じようなことが技術革新で可能になるのです。

現在の無線技術は、歴史の流れから、不遇な扱いをされがちでした。

日本では、既得権益の中枢でもあったため、その傾向は顕著だと思います。

適正なarchitectureとtopologyを基に設計すれば、まだまだ余剰分は沢山ある。

国土の狭さ。平地の少なさ。人口分散の具合。

そういうのを考え、日本の国土に無線って必要か?という議論もあります。

有線を張り巡らせることの方が、費用対効果は高いんじゃないか、と。

けれど、そういう論陣を張る人は、たぶん「通信」を分かってません。

無線の持つ最大の長所は、場所に依存しなくて済む、ということです。

固定電話が、携帯電話の出現であっという間に劣勢に追い込まれたのは記憶に新しい。

これは、通信というものの性質を、極めて顕著に示した具体例だと思います。

通信というのは本来、それだけでは商材になり得ないものです。

それはあくまでも「道路」に過ぎず、その「上」に何を走らせるのかに依存している。

けれども、その二つはどこまで行っても別のものなのです。

ごっちゃにして議論してしまうから、収拾がつかない大混乱に陥ります。

ここの議論が未成熟なため、日本の通信行政はいつまで経っても幼稚です。

TVとか電話とか、"application"と抱き合わせでしか話題に上らない。

とりあえず、「通信省」を復活させるべきだと思います。

ここにinfrastructure部分の管理と裁定を司らせる。

そして、経済産業省に、application部の管理と裁定を委ねる。

基盤と商材という、二つの異なる性質を明確化する必要があると思うのです。

省庁が増えることが難点だという意見もあるでしょう。

けれど、本質から言えば、省庁はむしろ増えるべきです。

組織というものは、大きさに比例して効率性が失われていきます。

少数精鋭の専門部隊を、分野に応じて揃えた方が、総合力は絶対に高まります。

才能なんてものは、ごく限られた少数にしか存在してないんですから。

新省庁を設立した際に問題なのは、余剰人員が多すぎることだけです。

下部組織と上部組織を正確に定義付けして、適正な人員のみで回すことに注力するべき。

下部組織は縦割りである必要が無いので、共通基盤として運営すればいい。

そんで、そこの所を失業者の受け皿として稼働していけばいいと思う。

思いっきり脱線しました。

日本という狭い領域でうだうだ言ってる間にも、世界の主流は無線に移っていきます。

通信の目指す目的は、「いつでも、どこでも、誰とでも」です。

その最終目的を実現できるのは、無線しかないのです。

それを使って何をするのかは、その環境が出来て初めて考慮されます。

"ubiquitous"という御旗も色褪せてしまった感がありますが、その本質は廃れません。

人々が通信に何を求めているのかは、その誕生から不変なのですから。