漂書

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「天国はまだ遠く」感想

天国はまだ遠く公式サイト

かつて、瀬尾まいこさんの原作を読みました。

そして、その素晴らしさに深く感じ入りました。

そのことは、感想雑感に書いていますので、よろしければ。

なので、本作を観に行くのは当然の帰結なのでした。

けれど、正直なところ、ちょっと不安もありました。

原作にある、あの空気感はきちんと表現されているのだろうか。

そして、このcastingで本当に大丈夫なのだろうか。

なんて、映画の「え」の字も知らんど素人が、生意気にも思っていました。

見終わった感想をひと言で言うと、「とても綺麗な"Sketch"」です。

まず、加藤ローサってここまで可愛らしかったのか、という驚きです。

いや、もともと、とんでもなくcuteな女の子だなあという印象は持っていたのです。

本当に、正統派ど真ん中の美少女ですし。

けれど本作での彼女は、その可愛さを超えた可愛さを兼ね備えちゃってました。

「Cuteな女の子」から「可愛らしい女性」へとshiftした、という感じ。

千鶴という役は、加藤ローサが当たり役だったのだなと深く納得しました。

そしてもう一人の主演、徳井義美も予想外に素晴らしかったです。

肩の力が抜けた、なんとも自然な演技がお見事でした。

なんとも掴み所のない、けれど物語が進むにつれ、滲み出す優しさが感じられる。

そんな田村という役を、あるがままに描き出す好演だったと思います。

本作は、この二人を主演に据えた時点で、ほぼ完璧に近い完成度だったのだと思います。

あとは、原作の持つ空気感を壊さないような、抑えに抑えた演出を随所に施していけばいい。

観客に同意も、反応も求めずに、淡々と物語を進行させていく。

けれどそれは、決して退屈なものであってはならない。

動きのない、穏やかな風景を、観客を飽きさせずに描ききる。

この地味ながら難しい演出が、本作では見事に成功していたように感じました。

何が素晴らしいって、原作からの「切り取り方」だと思います。

原作自体、最近では珍しくなった、頁数の少ない作品です。

その少ない頁をさらに圧縮することで、物語に、控えめにスピード感が加えられます。

そして圧縮された余白には、新しい要素がこれまた控えめに挿入されます。

映像化すると空虚になってしまうであろう部分を、適度に肉付けするために。

そのままでは、ちょっとアクの強い個性を持った主役二人。

原作では、瀬尾まいこの圧倒的な筆力で、そのアクは綺麗に消し去られていました。

映画では、主演二人の個性と、控えめで細やかな演出で、そのアクが薄められています。

特に、加藤ローサという女性が持つ、透き通るような可憐さと無邪気さ。

これは完全な贔屓目も加えられてることは自覚してます。

しかし、千鶴という役は、加藤ローサじゃなきゃ駄目だったんだなと思えます。

それくらい、本当にはまり役だと感じました。

鑑賞後の感覚は、原作を読了したときのそれに近いものがありました。

冒頭に書いた「とても綺麗な"Sketch"」という感想は、つまりそういうことです。

惜しむらくは、眼鏡橋での場面。

ここで、大きな演出をしたくなる気持ちは痛いほど分かるのです。

けれど、ここまで我慢した以上、ここも原作の空気感を大事にして欲しかったな、と。

ここだけが、映画全体から浮いてしまったような、そんな感じを受けました。

本作は、そこまで二人の感情を近づけてしまってはいけないのです。

その手前の、芽生える直前で止まらなきゃいけないのです。

けれど総合的には、とってもよく出来た作品だと感じました。

上演時間は2時間ですが、体感的には1時間ちょっとくらいにしか感じませんでした。

地味で、動きもなくて、説教も教訓もなくて、大きな感動もない。

けれど確実に、感性の一部分が綺麗に研ぎ澄まされ、内側の何かが満たされる。

言葉にすることは難しいけど、いい映画だったというのは感じる、そんな作品でした。

あと、加藤ローサ北村薫作品や加納朋子作品の主役を演じて欲しいなあ、なんて思いました。

絶対に似合うと思います。観たいなー。